AO入試の変遷
1990年、AO入試が日本で初めて行われました。
場所は慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでした。
当時、話題性はあったものの、AO入試が浸透していない状況でしたので、受験者数はそれ程多くなかったようです。
歴史の浅い中でAO入試が注目され始めたのは、1996~97年と言われています。
1996年の第16期中央教育審議会の第1次答申において、国際化、情報社会化による世界全体の変化に対応する為、「生きる力」の育成が提唱され、翌1997年の第2次答申で「日本型AO」が提言されました。
これが転機となり、AO入試を導入する大学が飛躍的に増えました。
AO入試の普及は、学力や知識だけで学生の能力を判断していた、これまでの日本の育成システムから、個性、適応能力、意欲や関心の方向性などを評価項目に加え、総合的、多角的な判断の元に、その学生の能力を伸ばしていこうという働きかけの元で、改革が行われました。
また、大学側も選別手段の多様化によって、学生の間口を広げることが出来、学生の確保をし、成長促進期間としての役割を強めようという働きがありました。
こういった動きが、ようやく近年になって日本でも定着しつつあります。
歴史の浅い試験方法ながら、導入している大学が増えてきているのは、今後の日本にとってAO入試が有益となる表れだと言われています。
今後、更なる歴史の発展が期待されている入試方法と言えるでしょう。